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私の心の叫び

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私は自分の運命を考えると、この世に生まれ自己の目指す目的や希望を持ち、運命は自分の生き様で変えられると思って来ました。でも振り返って見ると描いていた人生ではなく、決められた運命に逆らう事が出来なかったと思う。これから先どのような運命が待っているのだろうか、妻の死は自分の人生が終わった感じからどうしても逃れられない。愛する者との死別は、執着心が何時までも心の平安を乱して、穏やかな日々を過ごす事が難しい。生きているだけで価値があると納得しながら、平穏に心安らかに気楽に生きたいと思うけど、病は連続で襲ってくる、いつも意識の中に病の不安と哀しみと焦りが揺れ動き欝になる。精神の乱れは肉体的生命である間脳が乱れ内臓が乱れる。そうした解決できない焦燥感の中で、運命の流れに従い運命に勝つ、かけがいのない霊性を持ちたい。

生きている、その一日に、自分の命をかける感激と夢と祈りを持ちたい。これからの人生の道程で、納得できる確証を残せたら、愛妻の傍に旅立ちたいと思っています。失うものがない脆弱な私の心の奥のマグマを書きました。読んで共感して頂けたら幸いです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

初めまして。
私はあまり運命って信じませんが、サンタナさんの、男らしい気持ちが滲み溢れたような心の叫びに感動しました。
愛する者との死を父としか経験していませんし、病気もペインクリニックに通うようなことしか経験していませんので、どこまでサンタナさんの感情に近づけるか分かりませんが、先に待っているであろう出来事に、勇気を出して立ち向かえることが出来そうな記事です。
お勉強になりました(._.)アリガト

投稿: yayoi | 2010年3月 7日 (日) 19時08分

 サンタナさんこんにちは、哲学的なペンに、サンタナさんの苦悩が伝わりました。
お釈迦様の時代から・・・人は思い通りにならない「苦」と向き合ってきました。
 私がさせていただくビハーラは、老・病・死に関わる問題です。「生まれ難き人間に生まれ、今仏法に遇う」と言われます。2500年前から人は生まれ、老い、そして病になり死ぬことの苦に、向き合い、四苦八苦してきました。
 新年度のテーマは「死生観ー死ぬこと生きることってなあにー」です。是非聞きにに来てくださいませ。何か心救われるかもしれません。安らかな気持ちが届きますよう願うばかりです。
 

投稿: 向日葵 | 2010年3月 9日 (火) 14時16分

サンタナさん

こんにちは
素直な表現だと思いますよ。
お亡くなりになられた奥様の事は無理に消し去る事はできないと思いますし、消す必要もないと思います
今の生活の中で、何か一つでも感動したり、楽しみを見出だせる事を祈っています。本当の意味で自分自身を自由にしてあげて下さい。サンタナさんは、周りの方へはお優しく、ご自分には厳しい方ではないですか?
新聞に掲載されていた臨床心理士の方の記事で、日本人ならではの、謙譲の美徳(自分に厳しく、他者へ優しく)は自分と他人は違うのだという差異の精神があるのだとか。
知らず知らずの内に、自分を責めるのですが、次第に゙攻め゙に変わり、自分をいじめていくそうです。
生意気なコメントですみません。どうかご自分の事も可愛がってあげて下さい

投稿: のびこ | 2010年3月13日 (土) 18時43分

ずっと読ませて頂いていたのですが、今回初めてコメントを寄せました。
サンタナさんの記事もですが、コメントされる皆さんのコメントも、哲学的でお勉強になりました。

リラックスしてお元気で

投稿: yayoi | 2010年3月14日 (日) 00時45分

yayoi様、向日葵様、のびこ様
コメントの返事が大変遅くなりました。
お許しください。私の心の悲鳴を読んで頂き
ご理解頂き、励まし、共感して頂き、生き方をご指導頂き、真剣に心の篭ったコメント頂き、心から感謝申し上げます。私の精神が病んで自己コントロールが出来ない現状から一日も早く脱却しなければ救いがないと思いました。皆様からの暖かいコメント本当に有り難うございました。救われた気持ちです。これからも脆弱な精神の私ですが宜しくご指導ください。

投稿: サンタナ | 2010年3月21日 (日) 23時26分

サンタナさん入院されてるのかと心配しました。コメントできるようになられよかったです 嬉しく思いました
 私は大学で「みんなちがってみんないい」をテーマに頂き、阿弥陀経の『青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光 微妙香潔』(ショウシキショウコウ オウシキオウコウ シャクシクシャッコウ ビャクシキビャッコウ ミミョウコウケツ)と読みますを元に講義をするのですが・・・現代人は評価の中に生きているので、つい自分も評価しがちですが・・・一時、勝ち組負け組みなど言ってた。とんでもない事です。
 私は私、 誰にも代われない尊い今を 生かされています。 気を楽に、どんな自分も自分は自分でよかった
 今日 今 生きててよかったと現在完了で 生きていくと その連続の先に・・・病・死があり それは決して敗北の世界ではない(全てのいのちは死亡率100%) (仏教では仏にならせていただく身を今も、必要だから 有縁の人々とともに 生きかされていると・・・)

投稿: 向日葵 | 2010年3月22日 (月) 12時08分

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